一条天皇(いちじょうてんのう)

平安時代中期の第66代天皇

生年:980年(皇紀1640)天元3年6月1日
崩御:1011年(皇紀1671)寛弘8年6月22日
宝算:

第64代 円融天皇の第一皇子
母親:藤原詮子(ふじわらせんし)(東三条院)(藤原兼家の娘)
兄弟姉妹はいない

諱:懐仁(やすひと)

即位:986年(皇紀1646)寛和2年6月23日
譲位:1011年(皇紀1671)寛弘8年6月13日

元号:寛和・永延・永祚・正暦・長徳・長保・寛弘

先代:花山天皇
次代:三条天皇

皇后:藤原定子(ふじわらのていし)(藤原道隆の娘)
中宮:藤原彰子上東門院)(藤原道長の娘)
女御:藤原義子、藤原元子、藤原尊子
皇子:後一条天皇、後朱雀天皇

別称:永延帝
法名:精進覚、妙覚

陵墓:円融寺北陵(龍安寺内)

 一条天皇(いちじょうてんのう)は、平安時代中期の第66代天皇

 在位25年は、平安時代では醍醐天皇に次ぐ長さ

 在位は中は、藤原道長など藤原家の全盛時代、宮廷女流文学の最盛期にあたる

【一条天皇の歴史・経緯】

【一条天皇】

 在位25年間は、平安時代では醍醐天皇に次ぐ長さ

 人柄は温和で好学だったといい、多くの人に慕われたといわれる


 <藤原家>
 藤原兼家と息子たちの藤原道隆・藤原道兼・藤原道長のもとで、藤原家の権勢が最盛に達した時代


 <平安女流文学
 2人の皇后の皇后宮 藤原定子に仕える清少納言や、中宮 藤原彰子に仕える紫式部和泉式部らによって
平安女流文学が花開いた


 一条天皇自身も、文芸に深い関心を示し、「本朝文粋」などに詩文を残している

 音楽にも堪能で、笛に優れていたといわれる


 <日記「一条天皇宸記」>
 寛弘年間(1004年〜1012年)の日記の存在があるが、内容は伝わっていない


 <歌道
  「野べまでに心一つは通へどもわが御幸(みゆき)とは知らずやありけむ」(後拾遺和歌集)

 辞世の歌
  「露の身の 草の宿りに 君をおきて 塵を出でぬる ことをこそ思へ」(御堂関白記)


 <后妃・皇子女>
 皇后:藤原定子(中宮、後に皇后宮)(関白 藤原道隆の長女)
   第一皇女:脩子内親王(一品准三宮)
   第一皇子:敦康親王(一品式部卿)
   第二皇女:び子内親王(東三条院の養女)

 皇后:藤原彰子(中宮)(上東門院)(左大臣 藤原道長の長女)
   第二皇子:敦成親王(後一条天皇)
   第三皇子:敦良親王(後朱雀天皇

 女御:藤原義子(内大臣 藤原公季の長女)
 女御:藤原元子(右大臣 藤原顕光の長女)(後に源頼定の妻)
 女御:藤原尊子(関白 藤原道兼の娘)(後に藤原通任の妻)
 御匣殿(藤原道隆の四女)(皇后定子の同母妹)

【一条天皇ゆかりの地】

 <御陵>
 圓融寺北陵(えんゆうじのきたのみささぎ)
 圓融寺の跡地に創建された龍安寺内にある

 一条天皇は生前、円融天皇の隣に土葬されることを望まれており、藤原道長により、遺骨が円融寺に納めたといわれる

 <北野天満宮
 一条天皇の勅命により、菅原道真を祀る勅祭「北野祭」が行われ、「北野天満宮」の勅号を賜る

 <今宮神社
 一条天皇により、船岡山に、都の疫病鎮護のために御輿が造営され、官祭「紫野御霊会」が行われたのが由来

 <石清水八幡宮
 一ノ鳥居の本来の扁額は、長徳年間(995年〜999年)に、一条天皇の勅額で、平安の三蹟とされる藤原行成の筆のもの

 <松尾大社
 1004年(皇紀1664)寛弘元年の一条天皇の行幸以来、たびたび天皇が行幸されるようになる

 <晴明神社
 一条天皇の勅命によって、安倍晴明の屋敷跡に御霊を祀った祠が創建される

 <吉田神社
 一条天皇が行幸され、朝廷からの崇拝も受けた

 <龍安寺
 龍安寺の背後の天皇陵墓には、一条天皇など5人の天皇の陵墓がある

 <行願寺
 一条天皇の勅願により創建され、藤原行成により扁額が記されたといわれる

 <遍照寺
 一条天皇の勅命により、寛朝僧正が、六大寺の僧を東大寺大仏殿に集め降雨の祈願をしたところ、
翌日の夕刻に、奈良大仏殿に大雨が降ったといわれる

 <清閑寺
 一条天皇の勅願寺となる

 <随心院
 弘法大師の8代目の弟子 仁海僧正(にんがいそうじょう)が、一条天皇よりこの地を賜り、
 牛皮曼荼羅を祀って、牛皮山曼荼羅寺(ぎゅうひざんまんだらじ)を創始したのが由来

 <桂川
 一条天皇が舟遊びするなど皇室・貴族の遊覧地となっていた

【その他】

 <五位猫>
 大変な愛猫家
 愛猫を「命婦のおとど」と名付け、五位の位階を与えたといわれる

 <安倍晴明
 一条天皇の時に天文博士となる
 一条天皇に仕えていたとき85歳で死去する

 <藤原行成
 恪勤精励をもって一条天皇、執政 藤原道長の両方に信任されたといわれ、一条天皇の四納言の一人とされる
 能書家として三蹟の一人とされる
 一条天皇の中宮 上東門院藤原道長の娘)を、一帝二后という前例がない中、天皇を説得して皇后にすることに貢献した

 <慈恵大師 良源
 一条天皇より「慈恵大師」の諡号を賜る

 <三条宗近
 一条天皇の勅命により宝刀「小狐丸(こぎつねまる)」を作成する
 故事合槌稲荷
 三条小鍛冶宗近が、一条天皇の勅命によって国家鎮護の太刀を作ることになったとき、伏見稲荷大社に祈願したところ
稲荷明神の使者である狐が現れ、三条宗近の相槌を勤めて見事な刀を仕上げることができたといわれる

 <御堂関白記
 藤原道長が著した日記
 藤原道長の娘 彰子(上東門院)が一条天皇に入内した日の前後の日のことなども記されている

 <あぶり餅
 一条天皇の時代、疫除けとして、神前に供えたのが由来といわれる

 <ずいき祭
 一条天皇により官祭として行われるようになる


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