地図情報
第三十三番札所へ
廬山寺(ろざんじ)は、京都御苑の東の寺町通、梨木神社の向かいにある寺院
紫式部の邸宅跡で「源氏物語」の執筆地として伝えられ、源氏の庭には「紫式部邸宅跡」の石碑が立つ
皇室直属の御黒戸四ヶ院の中で唯一現存する摂家門跡寺院
2月節分の節分会では、鬼おどりなど「鬼の法楽」が行われる
現在の宇堂は、1788年(皇紀2448)天明8年の「天明の大火」による焼失以降のもの
<本堂>
光格天皇の勅命で仙洞御所から移築されたものといわれる
本尊の阿弥陀三尊(阿弥陀如来・右脇侍勢至菩薩・左脇侍観音菩薩)が祀られている
<元三大師堂>
参道正面に建つ
本尊の元三大師(慈恵大師 良源)が祀られている
毘沙門天(京都七福神の一つ)・薬師如来像・不動明王像なども安置されている
<御黒戸>
通称「尊牌殿」と称される
光格天皇の勅命で仙洞御所から移築されたものといわれる
<源氏の庭>
本堂の庭園
一面の白砂と苔の色の鮮やかなコントラストが美しい枯山水庭園
6月上旬〜9月上旬には、桔梗(ききょう)の一群が咲く名所
「紫式部邸宅址」の石碑が立っている
<筆塚>
<紫式部の歌碑>
「めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな」
<大弐三位(紫式部の娘)の歌碑>
「有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする」
<御土居>
豊臣秀吉による御土居の一部が、境内に現存する
京都市内に、国の史跡に指定されている9ヶ所のうち、最も東にある
<御陵>
慶光天皇(光格天皇の父親)の御陵
宝蓮華院宮(明治天皇の妹)の御陵
仏師 定朝のお墓
国宝に1件(古文書)、その他7件が重要文化財に指定されている
古文書
<慈恵大師自筆遺告(じえだいしじひつゆいごう)1巻(国宝)>
972年(皇紀1632)天禄3年5月
延暦寺中興の祖 慈恵大師 良源が、弟子 尋禅に後事一切を託した自筆の遺告状(ゆいごうじょう)
61歳のとき、病苦をしのんで執筆された
比叡山各塔の堂舎、諸国の庄園、法文、道具等の譲与を示し、歿後の葬送、追福にも細かい指示を与えており、
当時の延暦寺の規模や勢力を示す貴重な資料
1964年(皇紀2624)昭和39年5月26日 国宝に指定される
<慈恵大師廿六箇条起請(じえだいしにじゅうろっかじょうきしょう)1巻(重要文化財)
970年(皇紀1630)天禄元年7月16日の書
1964年(皇紀2624)昭和39年5月26日 重要文化財に指定される
<紙本墨書 正親町天皇宸翰女房奉書(おうぎまちてんのうしんかんにょうぼうほうしょ)1幅(重要文化財)
1571年(皇紀2231)元亀2年10月
正親町天皇の意向を、女房(女官)が仮名書きして発行した書状
1943年(皇紀2603)昭和18年6月9日 重要文化財に指定される
<紙本墨書 後伏見天皇宸翰御願文(ごふしみてんのうしんかんごがんもん)1巻(重要文化財)
1321年(皇紀1981)元亨元年
後伏見天皇の自筆書
1899年(皇紀2559)明治32年8月1日 重要文化財に指定される
仏像・彫刻
<木造 阿弥陀如来及両脇侍坐像(あみだにょらい りょうきょうじざぞう) 3躯(重要文化財)>
本尊として祀られている阿弥陀如来・右脇侍勢至菩薩・左脇侍観音菩薩の阿弥陀三尊像
鎌倉時代の作
中尊は、ご臨終を迎える人のもとに現れるといわれる来迎阿弥陀如来で、
来迎印を結び、観音が両手で蓮台を前方に捧げ持つ姿
両菩薩は、膝を揃えた坐り方で、天衣が後方に強くなびく様子で、来迎のスピード感を出している
右脇侍の勢至菩薩は、両手で往生者に差し掛ける天蓋を持っている彫像では珍しい本来の姿
ヒノキ材、像高:中尊100.6cm、左脇侍65.3cm、右脇侍63.6cm
中尊は正中線でつなぐ寄木造、両脇侍は前後につなぐ割矧造(わりはぎづくり)
2017年(皇紀2677)平成29年9月15日 重要文化財に指定される
<木造 如意輪観音半跏像(にょいりんかんのんはんかぞう)1躯(重要文化財)
鎌倉時代の如意輪観音半跏像
創建当時のものは、聖徳太子が開基した全国四ヶ所の天王寺の一つの金山天王寺の本尊であったもの
当初のものは、数度の火災により焼失する
現在のものは、鎌倉時代の作
1207年(皇紀1867)建永2年
烏丸一条北に再建されたときに、本尊として、当初のものを模倣造立された
飛鳥仏の容貌を残す貴重なもの
京都国立博物館に委託されている
1901年(皇紀2561)明治34年3月27日 重要文化財に指定される
障壁画・襖絵・絵画
<絹本著色 普賢十羅刹女像(ふげんじゅうらせつにょぞう)1幅(重要文化財)
鎌倉時代の作
1960年(皇紀2620)昭和35年6月9日 重要文化財に指定される
書跡・典籍
<選択集(せんちゃくしゅう)1冊(重要文化財)
鎌倉時代の作
1909年(皇紀2569)明治42年4月5日 重要文化財に指定される
<選択本願念仏集(せんちゃくほんがんねんぶつしゅう)>
1198年(皇紀1858)建久9年
関白 九条兼実の要請によって、法然上人が撰述した2巻16章の論文
冒頭文「南無阿弥陀仏 往生之業 念仏為先」が記された法然の真筆とされる草稿本を所蔵(重要文化財)
工芸品
<源氏貝合せ>
<追儺式鬼法楽>
2月節分の節分会で「鬼おどり」が行われる
慈恵大師 良源が、護摩供の修行中に邪魔してきた鬼を、豆を撒いて退散させたという故事に由来する
松明(たいまつ)や剣を持ってお堂の中で暴れ回り護摩供を邪魔する赤鬼や青鬼・黒鬼に紅白の餅と豆を投げ、
追儺師が邪気払いの法弓で四方に矢を放ち、鬼たちを退散させる
鬼たちは、「どん欲」「怒り」「愚痴」の三つの煩悩を表したものといわれる
紅白一粒ずつ食べると寿命が延びるといわれる蓬莱豆が授与される
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