地図情報
間之町通(あいのまちどおり)は、京都市市内の中心部の南北の通りの一つ
北は丸太町通から、南は七条通まで
途中、姉小路通と高辻通の間、松原通と万寿寺通の間で分断されている
<名前の由来>
1762年(皇紀2422)宝暦12年刊「京町鑑」に「東洞院と高倉の間なるゆへ間の町と号す」と記されている
<二条通付近>
室町通までの区間に、江戸時代に幕府公認の薬種街だった名残で、現在も薬屋が数軒残っている
<姉小路通と高辻通の間>
この区間の間之町通が分断されている
天正の地割がされた桃山時代に、姉小路通と高辻通の間は、町ができていなかったため道が造られなかった
高辻通の北側は、佛光寺の境内となっている
<松原通と万寿寺通の間>
この区間の間之町通が分断されている
東洞院大路と高倉通の間の地割がされず道が造られなかった
松原通の南側は、長香寺の境内となっている
<上珠数屋町通から七条通の間>
渉成園の西側にあたり、道幅が広くなっている
この区間に京都電気鉄道木屋町線が通っていた
<左京区 新間之町通>
江戸時代中期
間之町通は北側の上長者町まで伸びていたが、宝永の大火がきっかけで、
御所周辺の公家町が拡大され、丸太町通で遮られる
丸太町通以北にあった町家は鴨川東岸へ移転させられ、新間之町通として現存している
<京都御苑 間之町口>
<光澤寺>
<京都市子育て支援総合センターこどもみらい館>
<佛光寺>
<花咲稲荷神社>
<松永貞徳花咲亭址>
<長香寺>
<文子天満宮>
<西宗寺>
<光久寺>
<渉成園>