池田屋騒動(いけだやそうどう)(IkedayaSoudou)

日時:1864年(皇紀2524)元治元年6月5日

石碑:池田屋跡京都市中京区三条通河原町東入)   地図情報


 池田屋騒動(いけだやそうどう)は、幕末維新の時代、
池田屋で古高俊太郎の奪還の会合のために潜伏していた長州藩の尊皇攘夷過激派を、新選組が襲撃し、
多数の死傷者と逮捕者を出した事件


 三条通木屋町通から西入ルに池田屋騒動跡の石碑が立つ

【池田屋(いけだや)】

 池田屋は、三条小橋の旅籠

【池田屋騒動の歴史・経緯】


【池田屋騒動の影響】

 <新選組
 殉職者は3名
 京都御所の焼き討ち計画を未然に防ぎ、名声を受け、
 会津藩より200両余りの償金を下賜される

 <殉難七士>
 尊攘過激派は、7名の実力者が戦死し、大打撃を受ける
 後の新政府により「殉難七士」と称される
 宮部鼎蔵、吉田稔麿、北添佶摩、大高又次郎、石川潤次郎、杉山松助、松田重助

 桂小五郎(後の木戸孝允)は、一旦本拠地に戻っている間に事件が起り、難を逃れている

 <長州藩
 この池田屋事件をきっかけに、長州藩の強硬派が挙兵し、蛤御門の変(禁門の変)を引き起こすことになる

【池田屋騒動で殉職した志士】

 <宮部鼎蔵(みやべていぞう)>

 <吉田稔麿(よしだとしまろ)>

 <北添佶摩(きたぞえきつま)>

 <大高又次郎(おおたかまたじろう)>

 <石川潤次郎(いしかわじゅんじろう)>

 <杉山松助(すぎやましょうすけ)>

 <松田重助(まつだじゅうすけ)>

 <広岡浪秀(ひろおかなみひで)>

 <望月亀弥太(もちづきかめやた)>

 <福岡佑次郎(ふくおかゆうじろう)>

 <池田屋惣兵衛(いけだやそうべい)>

 <古高俊太郎


【池田屋騒動で殉職した新選組隊士】

 <奥沢栄助(おくざわえいすけ)>

 <安藤早太郎(あんどうはやたろう)>

 <新田革左衛門(にったかくざえもん)>

池田屋騒動跡へのアクセス】

 京阪電車 三条駅 徒歩約5分
 阪急電車 河原町駅 徒歩約5分
 地下鉄 東西線 市役所前 徒歩約5分


【京都検定 第1回3級】

7.元治元年(1864年)、禁門の変(蛤御門の変)が勃発したきっかけとなった、新選組が襲撃した、尊皇攘夷派の長州藩藩士らが会合していた三条木屋町西入の旅籠はどこか?

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