三条通(さんじょうどおり)は、京都市市街地中心部の主要な東西の通り
東海道の西の起点でもあり、京の出入口は「京の七口」の一つの「粟田口」と称される
豊臣秀吉が三条大橋を架橋するなど、京都の中心部として繁栄する
郡区町村編制法により上京区・下京区が置かれたとき、三条通を境として上京区と下京区とされた
現在の山科区内は、東海道の旧道と、京都府道143号四ノ宮四ツ塚線になっている旧国道1号の
どちらも三条通と称される
両者は、日ノ岡峠の山科区側で合流する
御陵から三条大橋までの区間には、地下鉄東西線が走っている
河原町通から寺町通にかけては、アーケードになっている三条名店街商店街
寺町通から烏丸通にかけては、明治時代のメインストリートで、
旧日本銀行京都支店(現在は京都文化博物館の別館)や中京郵便局旧庁舎などの洋風建築が残っている
堀川通から千本通にかけては、アーケードになっている三条会商店街
千本通から西は、京都府道112号二条停車場嵐山線となり、幹線道路となる
西大路通から葛野大路通までは、京福電鉄嵐山本線が路上を併用軌道で走っている
旧二条通(太子道)と合流し、太秦(広隆寺前)、帷子ノ辻を経て、桂川左岸で罧原通と合流し嵐山渡月橋に至る
<山科警察署四ノ宮交番>
<京阪電車 四宮駅 >
<徳林庵>
<地下鉄 山科駅>
<山科三条街道商店街>
<京都薬科大学>
<地下鉄 御陵駅>
ここから北上する
<蹴上の石仏>
<九条山浄水場ポンプ室>
<安養寺>
<琵琶湖疏水>
<京都市水道局蹴上浄水場>
<日向大神宮>
<義経大日如来>
<蹴上疏水公園>
<田辺朔郎紀功碑>
<琵琶湖疏水工事殉職者碑>
<地下鉄 蹴上駅>
<ねじりまんぽ>
<蹴上発電所>
ここから水平に戻る
<ウェスティン都ホテル京都>
<佛光寺本廟>
<粟田神社>
<合槌稲荷神社>
<並河靖之七宝記念館>
<好文亭>
<青蓮院>
<粟田口>
<坂本龍馬お龍「結婚式場」跡>
<三条通白川橋道標>
<得浄明院>
<明智光秀の塚>
<白川>
<地下鉄 東山駅>
<満足稲荷神社>
<要法寺>
<大将軍神社>
<四若神輿会>
<檀王法林寺>
<高山彦九郎皇居望拝像>
<京阪電車 三条京阪駅>
<駅伝の碑>
<三条大橋>
<鴨川>
<弥次喜多の像>
<瑞泉寺>
<先斗町歌舞練場>
<吉村寅太郎寓居跡>
<三条小橋>
<木屋町通>
<高瀬川>
<武市瑞山先生寓居跡>
<彦根藩邸跡>
<海援隊屯所跡・坂本龍馬寓居跡>
<池田屋騒動跡>
<河原町通>
<新京極>
<寺町通>
<矢田寺>
<三条通界わい景観整備地区>
<弁慶石>
<家邊徳時計店>
<バスケットボールの歴史が始まった地>
<京都文化博物館>
<旧日本銀行京都支店>
<旧第一銀行京都支店(明治復元建築)>
<中京郵便局旧庁舎>
<京都電信電話発祥の地>
<教諭所(宣教館)跡>
<新風館(京都市登録有形文化財)>
<烏丸通>
<饅頭屋町>
<三条烏丸御所跡>
<室町通>
<了頓図子>
<新町通>
<川崎家住宅>
<高木治良兵衛>
<大西清右衛門美術館>
<柳の水>
<堀川通>
<三条会商店街>
<御供社(又旅社)>
<三条台若中>
<武信稲荷神社>
<奨学院>
<後院通>
<千本通>
<西高瀬川>
<立命館朱雀キャンパス>
<JR山陰本線(嵯峨野線)>
<嵐電 西大路三条駅>
<島津製作所本社>
<山ノ内念仏寺>
<猿田彦神社>
<天神川・紙屋川>
斜めに北上していく
<京都市右京区役所>
<地下鉄 天神川駅>
<三条御池・御池通>
<嵐電 蚕ノ社駅>
<太子道>
水平に戻る
<東映太秦映画村>
<広隆寺>
<右京警察署>
<嵐電 帷子ノ辻駅>
<斎宮神社>
<有栖川>
<車折神社>
<京都嵯峨芸術大学>
<斎明神社>
<鹿王院>
<曇華院>
<嵐電 嵐山駅>
<渡月橋>
<桂川>
<三条通界わい景観整備地区>
寺町通から新町通までのまとまりのある町並みの景観
<祇園祭 後祭の山鉾巡行>
1965年(皇紀2625)昭和40年まで、
三条烏丸を出発し、三条通を東向きに進み、三条寺町で辻回し、寺町通を南下し、
四条寺町で辻回し、四条通を西向きに進み、四条新町で解散していた
1966年(皇紀2626)昭和41年からは、前祭との合同巡行になる
<時代祭の時代行列>
12:00頃、京都御所建礼門前を出発し、丸太町通・烏丸通・御池通・河原町通を通り
13:30分頃、河原町三条から三条通を東向きに進み、三条大橋を渡って、三条神宮道から神宮通を北上、
14:30分頃、平安神宮に先頭が到着する
<都名所図会>
江戸時代中期の京都観光案内書
三条大橋など、観光名所の挿絵や案内が記されている