地図情報
瑞春院(ずいしゅんいん)は、相国寺の上立売通の西門から入り最初にある塔頭
瑞春院で修行した作家 水上勉の直木賞受賞作「雁の寺」の舞台で「雁の寺(がんのてら)」とも称される
「百日紅の寺」「水琴窟の寺」とも称される
<山門>
<庫裡>
<方丈>
仏間には、今尾景年の筆「孔雀の襖絵」、
その隣の上官の間(雁の間)に上田萬秋筆「雁の襖絵」が8枚ある
方丈三方に3つの庭がある
<南庭「雲頂庭(うんちょうてい)」>
室町時代の禅院風の枯山水庭園
相国寺でも最古といわれる
苔地に坐禅石など9つの石が置かれ、創建当時のの石組といわれる
アカマツ、モミジなどが植栽されている
東側の縁先に水琴窟が設えられている
<北庭「雲泉庭(うんせんてい)」>
相国寺開山 夢窓疎石の作風をとりいれて作庭された池泉回遊式庭園
低い苔の築山に石組がある
敷石があり、その先は飛石・石橋へと続き、待合・茶室へと向う
心字池には東の滝組より流れ込み、蓮が咲き、池中に船泊石が組まれている
1988年(皇紀2648)昭和63年
庭園文化研究所 村岡正の作庭
<東庭>
赤石が33個置かれ、三十三観音菩薩が表われされている
百日紅が植えられている
方丈内のガラス張りの格狭間(こうざま)を模した窓を通して眺める
少年時代の水上勉が故郷を思っていたといわれ、小説「雁の寺」にも登場する
<書院「雲泉軒」>
直径2mの樹齢千年の台湾檜が主材にされている
天井は碁天の中に小碁を組んだ繊細で優雅な作り
北側のガラスの火灯窓から、庭に置かれた柚木灯籠と檜の木立が見える
襖絵「古松」は、瑞春院に寄宿していた鈴木松年の作
<茶室 久昌庵(きゅうしょうあん)>
北庭の心字池のほとりに建つ
数寄屋造の名工 諸富厚士の建築
表千家の不審菴を模して造られた
濡額の書は、千宗左(而妙斎)の直筆
<客殿>
1898年(皇紀2558)明治31年の再建
<水琴窟>
2つある
茶室 久昌庵の東の外待合の横にある蹲踞(つくばい)
小堀遠州の影響を受けた配下が伏見屋敷の庭に造った洞水門の手法により作られた
南庭 雲頂庭の東側の縁先にもある
<後水尾天皇の御歯髪塚>
法堂の西側にある
<百日紅>
かつては「百日紅の寺」と称されていた
現在は、東庭に数本が残り生育している
<本尊 阿弥陀三尊仏>
方丈仏間に祀られている木像雲上来迎仏
来迎印を結び踏割蓮華座に立つ阿弥陀如来像を中心に、蓮台を捧げ持つ観音菩薩と合掌した勢至菩薩が、
雲に乗って来迎する姿の阿弥陀三尊像
平安時代の作
光背・台座は、江戸時代前期の作といわれる
1439年(皇紀2099)永享11年
足利義教の寄進
阿弥陀如来
来迎印を結び、踏割蓮華座に立つ
蓮華座の異形で、片足づつ一つの蓮華座に乗せる
定朝様のお顔で、髪型は小粒の螺髪(らはつ)、頭に水晶製の肉髪珠・白毫が嵌入されている
像高35.2cm
観音菩薩
蓮台を捧げ持っている
金属製の宝冠・瓔珞(玉をつないだ首飾り)を付けている
像高20.1cm
勢至菩薩
合掌している
金属製の宝冠・瓔珞を付けている
像高20.6cm
<襖絵「孔雀」>
今尾景年の筆
<襖絵「古松」>
書院 雲泉軒の襖絵
瑞春院に寄宿していた画家 鈴木松年の筆
題材となった松は、心字池の脇にある
<襖絵「八方睨みの龍」>
梅村景山の筆
<襖絵「寒山拾得」>
梅村景山の筆
<襖絵「雁」>
上田萬秋の筆
<掛軸「陶渕明 春秋山水図」三幅対>
狩野探幽の筆
<掛軸「鍾馗 牡丹 竹に虎」三幅対>
狩野安信の筆
<掛軸「福禄寿 雪梅 月梅」三幅対>
維明周奎の筆
<掛軸 朱衣達磨>
狩野常信の筆
<大茶碗「水琴」>
陶芸家 加藤和宏の作陶した抹茶碗
茶室 久昌庵の水琴窟の玄妙の音色に魅せられ、その音色をイメージに作陶したといわれる
日本一の伊羅保釉大茶碗といわれる
直径49cm、重さ7kg
<小説「雁の寺」>
水上勉は、9歳の時、瑞春院で得度して、13歳まで修行する
その後、突然、瑞春院を出て、放浪遍歴し、その後、作家活動をする
直木賞受賞作品「雁の寺」に登場する雁の襖絵が、上官の間(雁の間)の「雁の襖絵」をモデルにされている
瑞春院の本堂・庫裡などの描写が細かく、生活ぶりや小坊主の勤行ぶりが詳しく書かれている
<「蔭涼軒日録(おんりょうけんにちろく)」>
室町時代末期
禅寺の僧事一般を将軍へ報告する役を務める蔭涼軒主の公用日記
瑞春軒を創建した僧録司 亀泉集證(きせんしゅうしょう)らが記した