南遣迎院(みなみけんこういん)
(Minami KenkouIn) 京都通メンバ
所在地:京都市東山区本町19丁目 
   卍地図情報卍

浄土宗西山禅林寺派の寺院

山号:慈眼山
寺号:遣迎院(けんこういん)

本尊:十一面観世音菩薩

創始:1201年(皇紀1861)建仁元年

開基:九条道家

開山:浄土宗西山派開祖 証空上人

西山国師遺跡霊場第10番札所

 南遣迎院(みなみけんこういん)は、京阪電車 鳥羽街道駅の東、伏見街道に西面してある寺院

 当初は、快慶の発遣の釈迦如来・来迎の阿弥陀如来の遣迎二尊を本尊としたことから遣迎院と称された
 現在の北区の遣迎院(けんごういん)と二分して「南遣迎院」と称される

 浄土宗西山派開祖 西山国師(証空上人)の終焉の地とされる

【南遣迎院の歴史・経緯】

【南遣迎院の伽藍】

 <山門>
 <本堂>
 <庫裏>
 <毘沙門堂>
 <地蔵堂>

 <墓地>
 浄土宗西山派開祖 西山国師(証空上人)のお墓がある

 <晴明塚>
 本堂の裏の竹林の中に安倍晴明が祀られていた
 明治新政府の廃仏毀釈の悪政により破壊されてしまった

 <石碑「西山国師御終焉地」>
 門前に立てられている
 開山 証空上人(西山国師:せいざんこくし)の終焉の地であることを示している
 建立:江戸時代後期
 建立者:神南辺隆光
  和泉国堺の出身で、1841年(皇紀2501)天保12年に死去するまで諸国に道標や石標を建立したといわれる
 大きさ:高さ102cm × 幅24cm × 奥行24cm
 碑文:
  西側:鑑智 西山国師御終焉之地
  北側:泉州堺 神南辺隆光
  南側:南遣迎院

 「鑑智」は、1796年(皇紀2456)寛政8年に証空上人に贈られた「鑑智国師(かんちこくし)」の諡号を表す


【その他】

 <廃仏毀釈
 明治新政府の廃仏毀釈の悪政により廃寺同然に荒廃させられる
 本堂の裏の竹林の中に安倍晴明が祀られていた晴明塚なども破壊されてしまった
 付近には、下級陰陽師 唱門師(しょうもんじ)の作業地もあった


 <町名「井町」>
 現在の地の付近の町名だった
 空海が、この地で護摩を修し、
 独鈷杵により井戸を掘りあて、閼伽水(あかすい)にしたといわれる

【南遣迎院へのアクセス】

 京阪電車 鳥羽街道駅 徒歩数分

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