遣迎院(けんごういん)
(KengouIn) 京都通メンバ
所在地:京都市北区鷹峯光悦町 
   卍地図情報卍

浄土真宗遣迎院派の本山の寺院

山号:なし

本尊:迎接二尊(発遣の釈迦如来・来迎の阿弥陀如来

創始:1201年(皇紀1861)正治3年

開基:九条道家

開山:証空上人

通称:鷹峯遣迎院

京都七福神めぐり 福禄寿

重要文化財:3件(彫刻)

 遣迎院(けんごういん)は、鷹峯の鷹峯街道(府道31号)に長屋門が北面してある寺院

 源光庵・京都市立鷹峯小学校の南側にある

【遣迎院の歴史・経緯】

【遣迎院の伽藍】

 <山門>
 長屋門
 移転してきたときにあった資産家の山荘の門
 備中高松城の城門の遺構

 <本堂>
 <庫裏>

 <書院>
 移転してきたときにあった建物
 備中高松城の遺構とされる

 <書院前庭>
 サツキの刈り込みと、複数の北山台杉が生育している
 左大文字山の借景庭園

 <花御堂>

 <聖天堂>
 本堂の正面左手奥にある
 福禄寿・大聖歓喜天・開運咤枳尼天が祀られている

【遣迎院の寺宝】

 <迎接二尊>
 本堂の2躯の本尊
 発遣の釈迦如来・来迎の阿弥陀如来
 1194年(皇紀1854)建久5年頃
 関白 九条兼実が、仏師 快慶に作らせ、自らの別邸 月輪殿(がちりんでん)に祀った
 2躯とも足枘(あしほぞ)に、巧匠安阿弥の銘がある
 1936年(皇紀2596)昭和11年5月6日 重要文化財に指定される

 ・木造 阿弥陀如来立像(あみだにょらいりゅうぞう)1躯(重要文化財)
   像高98.9cm、寄木造、粉溜彩色に截金、玉眼入
 ・木造 釈迦如来立像(しゃかにょらいりゅうぞう)1躯(重要文化財)
   像高98.2cm、寄木造、漆箔仕上げ、玉眼入、左手に宝珠を持つ


 <紙本阿弥陀如来摺仏等 68枚(重要文化財)
 本尊の像内納入品
 願文・阿弥陀如来の摺り仏が68枚納入されていた
 平清盛、平宗盛、源頼政源義経、木曾義仲などの名も記されていた
 物故者を含む約1万2000名もの人々が結縁し作成されたことが判明している
 1194年(皇紀1854)建久5年6月29日
 摺仏各紙背に、供養諸霊等の列名あり、内一紙に建久五年六月廿九日始之と記されている
 1937年(皇紀2597)昭和12年8月25日 重要文化財に指定される


 <福禄寿像
 聖天堂に祀られている
 慈覚大師 円仁が唐より持ち帰ったものといわれる
 福神・禄神・寿神の三神合体像で、鹿の上に乗り、巻物を持つ
 京都七福神めぐりの福禄寿で、福寿・増長のご利益があるとされる

【遣迎院の祭事】

 <花まつり(釈尊降誕会)>
 4月8日
 通常非公開の遣迎院が公開され、花御堂が飾られ甘茶かけができる

【その他】

 <遣迎院(けんこういん)>
 天正年間(1573年~1592年)
 二寺に分割されたときに、旧地(東山区)に残った寺院
 「南遣迎院」とも称される
 当 鷹峯遣迎院は「けんごういん」、南遣迎院は「けんこういん」と称される


 <養源院
 遣迎院派の寺院


 <御黒戸四箇院>
 宮中の仏事を司り、仏殿を守った4ヶ寺
 遣迎院・廬山寺二尊院・般舟三昧院(上京区)
 新たに住職となったとき(晋山)には参内し、紫の衣が贈られるのを慣例としていた
 御内仏殿には黒戸が用いられている
 京都御所には「黒戸の間」がある

【遣迎院へのアクセス】

 市バス 鷹峯源光庵前 徒歩数分

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