西陣織(にしじんおり)は、平安時代から発展してきた機織産業(はたおりさんぎょう)
先に糸染めした糸を使い紋様を織り出す高級先染紋織物
西陣で織れないものはないといわれるほどの高度な織り技術を持っている
12品目の織り技法が伝統工芸品の指定を受けている
綴れ織り・経錦織り・緯錦織り・緞子織り・朱珍織り・紹巴織り
風通織り・捩り織り・本しぼ織り・ビロード織り・絣織り・紬織り
西陣で織れないものはないといわれる
能装束・横綱の化粧まわし
ネクタイ・ショール・和装小物などの材料用
壁掛・インテリアなどの材料用
南座など全国の大劇場の緞帳
「西陣」とは、応仁の乱で、山名宗全らの西軍が、本陣を置いたことから名前が付けられた
京都市の市街地の北西部の上京区・北区あたり
北は上賀茂、南は丸太町通、東は烏丸通、西は西大路通に囲まれたあたり
(現在、「西陣」という行政上の町名はない)
<和宮の歌>
「空蝉の 唐織ごろも なにかせむ 綾も錦も 君ありてこそ」
14代将軍 徳川家茂が、京都上洛が決まり、正室 和宮は、お土産として西陣織をねだる
しかし、徳川家茂は大阪城で亡くなり、和宮には西陣織だけが届き、悲しみつつ歌を詠んだといわれる
<養蚕農家>
京都府内の養蚕農家は、福知山市に数戸残っているだけ
桑(くわ)の葉だけを食べさせる、伝統的な飼育法で上質の繭が生産されている
生産量は、年間約260kg
西陣の織道楽塩野屋(上京区千本通一条下ル)では、京都府内生産の繭100%の絹製品の製作を手がけている
<今宮神社の織姫神社>
西陣織業者により祀られている
<建勲神社境内社 義照稲荷神社>
古くより秦氏の守護神であり、西陣織の祖神とされる
応仁の乱では、西軍の陣が張られたところ
<東海道中膝栗毛>
「東海道中膝栗毛」には
「商人のよき衣きたるは他国と異にして、京の着だをれの名はますます西陣の織元よりいで、
染いろの花やぎたるは堀川の水に清く」と記されている
西陣織が全国的に知られ、「京の着倒れ(きょうのきだおれ)」という言葉があったことが分かる
<京都市考古資料館(旧西陣織物館)(京都市登録有形文化財)>
京都市上京区今出川通大宮東入元伊佐町
西陣織を陳列することを目的としていた
現在は考古資料の公開展示施設
1914年(皇紀2574)大正3年
本野精吾の設計、清水組の施工により建築された近代主義建築の先駆的建物
<西陣織会館>
京都市上京区堀川通今出川下ル竪門前町
西陣織の総合的なPR館
古い織物や機業の歴史資料展示、職人による実演やきものショーなどが行われている
<西陣織工芸美術館「松翠閣(しょうすいかく)」>
京都市上京区寺之内通智恵光院東入ル北側
西陣で織れないものはないといわれるほどの高度な織り技術を駆使して、
尾形光琳・円山応挙・葛飾北斎・琳派・ゴッホ・ミレー・ルノワールなどの作品を屏風・衝立・几帳などに精緻に織り上げ復元している
<西陣織あさぎ美術館>
日本が世界に誇る西陣織の素晴らしさ、美しさを発信すべく西陣織に特化した美術館
日本画、印象派の作品などの名画が西陣織で表現されている
<川島織物文化館>
左京区静市市原町
染織品約8万点、内外の古書約2万点、創業以来製作してきた試織裂、原画類が約6万点、合計16万点が収蔵されている
1889年(皇紀2549)明治22年
二代目川島甚兵衛が、三条高倉に建てた三階建ての洋館「織物参考館」が起源
国内最古の企業博物館とされる