退蔵院(たいぞういん)(TaizouIn)


所在地:京都市右京区花園妙心寺町   地図情報

臨済宗妙心寺派 妙心寺塔頭

創建:波多野出雲守 重通

開山:無因宗因(むいんそういん)(妙心寺第三世)

 退蔵院(たいぞういん)は、妙心寺山内にある40余りの塔頭の中でも屈指の古刹

 「余香苑」の紅枝垂桜など桜の名所

 5月中旬の花菖蒲(はなしょうぶ)
 6月の紫陽花(あじさい)睡蓮蓮(ハス)桔梗(ききょう)
 8月の百日紅、10月の木犀などの名所



【退蔵院の歴史・経緯】





【退蔵院の伽藍】

 <薬医門>
 親柱2本、控え柱2本で構成される
 当時、高貴な薬医にしか与えられなかった御屋敷門の形
 江戸時代中期に建立される

 <大玄関(重要文化財)>
 唐破風造の変形で、破風の曲線が直線になっており、ちょうど袴の腰のようにみえ「袴腰造」と称される
 茶道石州流の祖 片桐石州が発案した様式といわれる
 江戸時代初期
 富豪 比喜多宗味居士より寄進されたもの
 法要儀式や、貴族以外の出入のときのみ使われたといわれる

 <方丈(重要文化財)>
 慶長年間(1596年〜1615年)の建立
 内部の襖絵は、狩野了慶の作

 <国の名勝、国の史跡
 西側を主庭とする回遊式枯山水庭園
 都林泉名勝図会」には、狩野元信の作庭と記されている
 狩野元信は、室町時代の画聖で、
自分の描いた絵を立体的に表現しなおしたもので、70歳近くの最後の作品が造園だったといわれる
 約50坪の中に、枯滝・蓬莱山・亀島と石橋など、多くの石が無駄なく配置されており、絵画的な曲線が主流となっている
 作庭された当時は、背景の雙ヶ岡を借景とした奥行きのあるダイナミックな庭だったといわれる
 背後には、やぶ椿・松・もっこく・かなめもちなどの常緑樹が植えられ、
一年中変わらない「不変の美」が求められているといわれる

 <余香苑(よこうえん)
 約800坪の回遊式山水庭園
 1963年(皇紀2623)昭和38年から3年かかり完成する
 造園家 中根金作(なかねきんさく)の設計
 大刈込みの間から、三段落ちの滝が流れ落ちている
 正面から庭園を見ると、奥行きが生まれ庭園が広く見えるようになっている

 <水琴窟
 余香苑の入口付近にある
 蹲踞(つくばい)の下が深く掘られ、手水に使われた水が底の水面に落ちて、深く澄んだ琴のような音が響く
 江戸時代の作

 <大休庵>
 余香苑を鑑賞できる庵

 <囲いの席>
 妙心寺で、参禅を第一主義とし茶道が修行の妨げになるとされ禁止されていた時代に、第六世 千山和尚により、
外部からは茶席と分らないように設計され建てられた茶室

 <鹿威(ししおどし)>
 「僧都(そうず)」「添水」とも称される
 石川丈山が考案したといわれる


【退蔵院の寺宝】

 <紙本墨画淡彩 瓢鮎図(ひょうねんず)(国宝)
 日本の水墨画の創始者の一人である禅僧 如拙の代表作
 足利義満の命を受けて心血注いで描かれた、現存する如拙の作品の中でも最高傑作といわれる
 室町時代の日本の漢画の代表作
 全体の図様は簡素だが、精密な描写で強い弾力を持った宋元画の技法が用いられている
 京都国立博物館に寄託されている
 「捕まえにくいなまずを、瓢箪でどのようにして捕まえるか」を足利義満が、京都五山の禅僧31人に参詩を書かせた禅機画
 「鮎」は、中国における「なまず」のこと

 <方丈の襖絵>
 桃山時代後期の狩野了慶の作

 <花園天皇宸翰消息(重要文化財)>
 <後奈良天皇宸翰徽号勅書(重要文化財)>
 <後奈良天皇宸翰消息(重要文化財)>


【退蔵院の祭事】

 <観月茶会>
 中秋の日
 観月の茶会、食事と庭園拝観、邦楽の演奏が行われる


【その他】

 <瓢鮎菓子>




【退蔵院へのアクセス】

 JR山陰本線(嵯峨野線) 花園駅 徒歩約5分
 市バス 妙心寺北門前 徒歩約5分
 市バス 妙心寺前 徒歩約5分

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