護王神社(ごおうじんじゃ)(Goou Jinjya)

所在地:京都市上京区烏丸通下長者町下ル桜鶴円町   地図情報

祭神:和気清麻呂、和気広虫(わけのひろむし)(和気清麻呂の姉)

配祀:藤原百川(ふじわらのももかわ)、路豊永(みちのとよなが)

社格別格官幣社別表神社

別称:子育明神、いのしし神社

 護王神社(ごおうじんじゃ)は、京都御所蛤御門の西に立つ神社

 和気氏の氏寺である神護寺の境内に、和気清麻呂を祀った廟「護王善神堂」が由来
 創建の年代は不詳

 和気清麻呂が、宇佐へ配流されたときに、猪によって難事を救われたとの故事にちなみ、
狛犬の代わりに「狛猪」がおかれており、「いのしし神社」とも称される

 和気広虫が、多くの孤児を養子として養育していたことから、「子育明神」とも称されるようになった

 和気清麻呂が、猪に助けられ、足の不自由が回復したという故事から、足腰の病気・怪我回復の御利益があるとされている

【護王神社の経緯】





【護王神社の祭神】

 護王神社(ごおうじんじゃ)は、京都御所蛤御門の西に立つ神社

 和気氏の氏寺である神護寺の境内に、和気清麻呂を祀った廟「護王善神堂」が由来
 創建の年代は不詳

 和気清麻呂が、宇佐へ配流されたときに、猪によって難事を救われたとの故事にちなみ、
狛犬の代わりに「狛猪」がおかれており、「いのしし神社」とも称される

 和気広虫が、多くの孤児を養子として養育していたことから、「子育明神」とも称されるようになった

 和気清麻呂が、猪に助けられ、足の不自由が回復したという故事から、足腰の病気・怪我回復の御利益があるとされている





【護王神社の境内】

 <神門>
 <社殿>
 <舞殿>
 <霊猪手水舎>

 <狛猪>
 「日本後紀」によると
 和気清麻呂が、怪僧 弓削道鏡が皇位を奪おうとした策略を暴いたことで恨みをかい、アキレス腱を切られ足の不自由な体で
大隅国(現在の鹿児島県)に流される途中、宇佐八幡宮の近くで、弓削道鏡の手下に襲われそうになるが、
そこに300頭ものイノシシが現れて、和気清麻呂を取り巻き護り、宇佐八幡宮に案内をしたという

 狛猪は、正式には「霊猪像」と称される

 イノシシは多産のため、子授け祈願・安産祈願のご利益があるといわれる

 1890年(皇紀2550)明治23年
 拝殿前に、崇敬者により、霊猪像が奉納される
 2006年(皇紀2666)平成18年
 鳥居の両脇に、新しい狛イノシシが鎮座する
 台座を合わせた高さは2.1m、像の部分の高さは約1m、ねずみ色の和泉石製

 <末社>
 <祖霊社>
 <警察消防招魂社>

 <カリンの大木>
 ナシ科
 正門をくぐった北寄りに立つ
 秋に甘い香りの黄色い大きな実をつけ、この実で造られたカリン酒は、ぜん息によく効くといわれ、ぜん息封じの御神木とされる
 樹高14m、幹の太さは1.5m、樹齢100年の巨木
 京都の巨樹名木百選にも選ばれている
 この実は、ほぼ3年周期で豊作、平作、不作を繰り返している

 <願かけ猪>
 本殿前に立つ招魂木(おがたまのき)の根本のイノシシの石像

 <座立亥串(くらたていぐし)>
 招魂木の廻りに刺し立てられている願かけの串
 四手と、いのししの折り紙のついた竹串
 自分の名前と願い事を書いた紙札をはさんで、願かけ猪の前に刺し立てて願かけがされる
 亥串は、2本組になっていて、1本は刺し立て、もう1本は、家に持ち帰って神棚や玄関に祀られる

 <奉納いのしし>
 護王神社の境内には、全国から奉納された多数のいのししが展示されている

 <足萎難儀回復の碑>
 御本殿に向かって右側の招魂木(おがたまのき)の側にある碑
 根本の廻りには、足腰の病気や怪我の回復、健康を祈願して護符が立てられている

 <和気清麻呂公銅像>
 境内の北側に建つ
 1998年(皇紀2658)平成10年
 和気清麻呂公1200年祭を記念して建てられる
 造形作家 松本繁来の作
 台座の「和気清麻呂公」の文字は、茶道裏千家家元 千宗室氏の揮毫

 <さざれ石>
 清麻呂公像のすぐ後ろに建つ
 幅3m、高さ2mの大きな岩
 国歌「君が代」にも詠まれている

 <伊勢神宮遥拝所>
 伊勢神宮の方向に向いて参拝できるところ
 神明鳥居も立てられている

 <針の碑>
 <足跡碑>

 <護王神社絵巻
 烏丸通に面した玉垣に掲げられている絵巻
 和気清麻呂と姉 和気広虫の生い立ちや功績、道鏡事件(宇佐八幡宮神託事件)、猪にまつわる故事などが語られている

 <平安京をつくった人
 下長者町通の歩道に置かれた和気清麻呂を顕彰したオブジェ



【道鏡事件】

 奈良時代後期
 769年(皇紀1429)神護景雲3年
 法王となり権勢をふるっていた怪僧 弓削道鏡は、天皇の位を自ら継ごうと、太宰府の習宜阿曽麻呂に、
宇佐八幡より「道鏡に皇位を継がせたならば、天下は太平になる」との御神託があったと奏上させる

 称徳天皇から神意を確かめるよう命じられた、和気清麻呂は、宇佐八幡に向かい
「我が国は、開国以来、君主と臣下が明確になっており、臣下の者を君主とすることは未だかつて無い」
「天皇の後継者には必ず皇族の者を立てること。無道の者は早く追放すること」と御神託を受ける

 和気清麻呂は、弓削道鏡の野望を挫くが、弓削道鏡は、和気清麻呂と和気広虫を死罪にするよう騒ぎたて、
和気清麻呂は大隅国(鹿児島県)へ、和気広虫は備後国(広島県)へ流罪にされる





【護王神社の祭事】

 <護王大祭(ごおうたいさい)>
 4月4日
 祭神 和気清麻呂の命日
 和気清麻呂が、偽の神託によって皇位を奪おうとした弓削道鏡の企みを防いだ故事にもとづく
 本殿ノ儀、神前で雅楽が奉納される  宇佐神託奉上儀、京都御所建礼門前まで行列が行われる

 <夏越大祓
 6月30日
 拝殿前に、茅(かや)で作られた直径約3mの茅の輪が設けられる
 八の字を描くようにくぐり、半年間の罪穢れが祓われる

 <亥子祭
 11月1日
 平安時代に、旧暦10月の亥の月亥の日に行われていた宮中の御玄猪(おげんちょ)の儀式を再現した神事
 宮司がついた餅を食べることによって、無病息災と子孫繁栄が祈願される
 平安装束に身を纏った聖上(宮司)や祭員、奉仕女房が、拝殿の上で亥の子餅をつく儀式が行われる
 出来上がった亥の子餅は、神前に献ぜられた後、提灯行列を伴い蛤御門を通って御所へ献納される
 境内では、亥の子餅が参拝者に振舞われる



【その他】

 <十円紙幣>
 1890年(皇紀2550)明治23年から1945年(皇紀2605)昭和20年
 勤皇の忠臣と見なされており、戦前には十円紙幣に和気清麻呂の肖像や護王神社が印刷された
 肖像は想像によるもの

【護王神社へのアクセス】

 市バス・京都バス 烏丸下長者町 徒歩すぐ
 地下鉄 丸太町駅 徒歩約7分

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