曼殊院(まんしゅいん)
(MansyuIn) 京都通メンバ
所在地:京都市左京区一乗寺竹ノ内町 
   卍地図情報卍

天台宗の寺院

山号:なし

本尊:阿弥陀如来

創建:延暦年間(782年〜806年)

開基:伝教大師 最澄

開山:是算国師(ぜさんこくし)

中興の祖:良尚法親王(八条宮智仁の息子)

通称:曼殊院門跡(まんしゅいんもんぜき)・竹内門跡(たけのうちもんせき)

天台宗五箇室門跡の一つ   右矢印次の天台宗五箇室門跡へ右矢印

国宝 美術工芸品:2件(絵画1幅・書跡典籍1件)、その他の重要文化財:15件
重要文化財 建造物:3棟(本堂・書院・庫裏)
国の名勝:書院庭園

 曼殊院(まんしゅいん)は、修学院離宮の南、一乗寺にある寺院

 枯山水庭園国の名勝)は、紅葉の名所

 2月下旬は、白梅・紅梅など約20本ほどある梅の名所
 2月は椿、4月中旬からは霧島つつじ(キリシマツツジ)、8月上旬からは百日紅
 10月中旬からはりんどう、11月上旬からは山茶花(さざんか)の名所

【曼殊院の歴史・経緯】






【曼殊院の伽藍】

 <勅使門>
 石階段の上に、西に面して立つ
 両側の築地塀には、門跡寺院の格式を表す五本の白い筋が残る

 <庫裡(くり)1棟(重要文化財)>
 通用口玄関と台所
 桁行15.9m、梁間12.3m、一重、入母屋造、本瓦葺、玄関附属、唐破風造、檜皮葺
 1656年(皇紀2316)明暦2年の建立
 1976年(皇紀2636)昭和51年5月20日 重要文化財に指定される

 <大玄関>
 虎の間、竹の間、孔雀の間がある
 それぞれ、虎の襖絵(重要文化財)、木版画による竹の絵の壁紙、孔雀の襖絵が描かれている

 <上之台所>
 高貴な来客や門跡寺院の住職などのための厨房
 丸炉の間、一乗の間、花の間、宿直の間、御寝の間がある

 <唐門>
 大玄関の右側に、唐破風の門が建つ

 <大書院(おおしょいん)(本堂)1棟(重要文化財)>
 仏間に、本尊の阿弥陀如来立像が安置されている
 「十雪の間」の床の間に、おみくじの元祖とされる元三慈恵大師坐像(重要文化財)が安置されている
 正面東側に「十雪の間」、西側に「滝の間」、「十雪の間」の背後に「仏間」、「滝の間」の背後に「控えの間」がある
 建物内の杉戸の引手金具には、ひょうたんや、扇子などがデザインされている
 月型卍(万字)崩しの欄間や、・短冊の釘隠し、桂離宮と同じ桂棚などがある
 桁行14.7m、梁間10.8m、一重、寄棟造、こけら葺の住宅風建物
 1656年(皇紀2316)明暦2年の建立
 1937年(皇紀2597)昭和12年7月29日 重要文化財に指定される
 附指定:廊下 1棟

 <小書院(こしょいん)1棟(重要文化財)>
 大書院の東北の庭園の正面にある
 「閑静亭(かんじょうてい)」と称される
 大書院と同時期の江戸時代の建築
 寄棟造、柿葺き(こけらぶき)、数寄屋造
 東南側に「富士の間」、その北に「黄昏の間(たそがれのま)」があり、建物西側には二畳の茶室などがある
 黄昏の間の正面左の床の間脇には、十種類の寄木で作られた「曼殊院棚」がある
 「富士の間」と「黄昏の間」との境の欄間の透かし彫りや、七宝焼の富士山をかたどる釘隠しがある
 室内部分と廊下部分との屋根は、重なって二重屋根となっている
 南縁先には、梟(ふくろう)の手水鉢が置かれている
 桁行10.0m、梁間8.9m、一重、南面寄棟造、北面切妻造、南面、東面及び西面庇付、こけら葺
 1656年(皇紀2316)明暦2年の建立
 1937年(皇紀2597)昭和12年7月29日 重要文化財に指定される

 <書院附茶室 八窓軒 1棟(重要文化財附指定)
 小書院の北側に隣接して建つ茶室
 江戸時代初期
 良尚法親王(八条宮智仁の子)によって創建される
 平三畳台目(さんじょうだいめ)、下座床の席
 古田織部小堀遠州好みと貴族趣味を取り入れたもの
 仏教の八相成道にちなんで、8つの窓があることから「八窓軒」と称される
 窓からの光の演出がされ、躙口上の連子窓は、虹のような影が生じることから「虹の窓」と称される
 金地院の八窓席、大徳寺孤篷庵忘筌席とともに京都三名席の一つ

 <持仏堂>
 <護摩堂>
 <茅門>

 <書院庭園(国の名勝)>
 書院の前に置かれている枯山水庭園
 小堀遠州好みで、水の流れを表した砂の中に松と杉苔の鶴島と亀島がある
 小書院の縁先の欄干は、静かに水面をさかのぼる屋形舟を表わしている
 青石の石橋の傍らの立石は、枯滝を表している

 鶴島の五葉松は、鶴を表し、樹齢400年といわれる
 根元には、曼殊院型キリシタン燈籠が置かれている
 公家風の趣味豊かな良尚親王の趣向といわれる

 <弁天池>

 <弁天島>
 弁天池の中にある

 <天満宮>
 弁天島に建ち、曼殊院内の一番古い建物
 菅原道真を祀り、鎮守堂でもある

 <弁天堂>
 弁天島に建つ
 弁財天が祀られている

 <菌塚>
 1981年(皇紀2641)昭和56年
 菌類学者 笠坊武夫氏が建立したもの



【曼殊院の寺宝】

 国宝に2件(絵画1幅・書跡典籍1件)、その他、重要文化財に15件が指定されている

 障壁画・襖絵・絵画

 <絹本著色 不動明王像(ふどうみょうおうぞう)1幅(国宝
 「黄不動(きふどう)」と称される不動明王像
 三大不動の一つ
 平安時代前期
 滋賀の園城寺(三井寺)に秘蔵されている黄不動像を元に描かれた
 京都国立博物館に寄託されている
 1954年(皇紀2614)昭和29年3月20日 国宝に指定される


 <玄関障壁画(げんかんしょうへきが)11面(重要文化財)>
 紙本金地著色 竹虎図(襖貼付8面、壁貼付3面)
 1656年(皇紀2316)明暦2年
 曼殊院29世良尚親王の時、現在の一乗寺に移築され、
 玄関は、竹内門跡と称していた建物が移され、現在の障壁画もその当初の桃山時代のものといわれる
 桃山時代の金碧障壁画の特色がある
 描写様式よりみて狩野派による筆といわれる
 虎図8面は、大玄関の虎の間の襖絵
 狩野永徳の筆といわれる
 の胴が長く描かれており、想像で描かれたといわれる
 竹図3面は、竹の間の壁紙
 日本最初の木版画といわれる
 狩野永徳の筆といわれる
 1977年(皇紀2637)昭和52年6月11日 重要文化財に指定される

 <絹本著色 草虫図(そうちゅうず)2幅(重要文化財)>
 草花を中心に虫類等が画面全体に散らして描かれている
 中国 元時代の呂敬甫の筆
 毘陵(びりよう)呂敬甫氏(ろけいほし)の印章2顆がある
 1977年(皇紀2637)昭和52年6月11日 重要文化財に指定される

 <紙本著色 是害房絵巻 2巻(重要文化財)>
 是害房(ぜがいぼう)の日本僧との法力に敗れて帰るという説話を描いたもの
 1308年(皇紀1968)延慶元年
 原本が、磯長寺において完成したといわれる
 1354年(皇紀2014)正平9年/文和3年 転写されたといわれる
 1977年(皇紀2637)昭和52年6月11日 重要文化財に指定される

 <孔雀の間襖絵>
 玄関の孔雀の間の襖絵
 岸駒の筆
 南画風の日本画
 人間の一生を孔雀の姿で表現したものといわれる


 仏像・彫刻

 <木造 阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)1躯(重要文化財)>
 平安時代阿弥陀如来坐像
 1917年(皇紀2577)大正6年4月5日 重要文化財に指定される

 <木造 慈恵大師坐像 1躯(重要文化財)>
 元三大師 慈恵大師 良源の木像
 像内に文永五年十一月三日金剛仏子栄盛の銘がある
 1268年(皇紀1928)文永5年11月3日の作
 1941年(皇紀2601)昭和16年11月6日 重要文化財に指定される


 工芸品

 <梟の手水鉢(ふくろうのちょうずばち)
 小書院の南縁先に置かれている手水鉢
 月見を楽しんだといわれる


 古文書

 <池坊専好立花図(いけのぼうせんこうりっかず)1帖(重要文化財)>
 1617年(皇紀2277)元和3年5月から1656年(皇紀2316)明暦2年11月までの
 池坊専好による立花の写生図
 著色 四十二図
 このうち1617年(皇紀2277)元和3年5月から1665年(皇紀2325)寛文5年6月の14図と、
1654年(皇紀2314)承応3年から1656年(皇紀2316)明暦2年の7図は、
他に同図の伝来がない唯一の立花図
 1973年(皇紀2633)昭和48年6月6日 重要文化財に指定される
 附指定:月次立花図(六十六図)1帖

 <紙本墨書 慈円僧正筆消息(えんそうじょうひつしょうそく)1幅(重要文化財)>
 鎌倉時代
 慈円僧正から権少将宛の手紙
 1942年(皇紀2602)昭和17年6月26日 重要文化財に指定される

 <紙本墨書 花園天皇宸翰御消息(はなぞのてんのうしんかんごしょうそく)1幅(重要文化財)>
 1329年(皇紀1989)元徳元年
 花園天皇の宸翰の手紙
 普賢形像事などが記されている
 1939年(皇紀2599)昭和14年5月27日 重要文化財に指定される

 <花園天皇宸翰御消息(はなぞのてんのうしんかんごしょうそく)(七通)1巻(重要文化財)>
 1328年(皇紀1988)嘉暦3年から1331年(皇紀1991)元弘元年までの
 花園天皇の宸翰の手紙10通
 1914年(皇紀2574)大正3年4月17日 重要文化財に指定される


 書跡・典籍

 <古今和歌集(こきんわかしゅう)(色紙)(曼殊院本)1巻(国宝)>
 色変わりの染紙に、優美な和様書体で書写された古今和歌集の写本
 平安時代藤原行成の筆といわれる
 京都国立博物館に寄託されている
 1952年(皇紀2612)昭和27年3月27日 国宝に指定される


 <教訓鈔及続教訓鈔(きょうくんしょうおよびぞくきょうくんしょう)9巻(重要文化財)>
 教訓鈔(狛近真撰)と続教訓鈔(狛朝葛撰)はともに南都楽所舞人による鎌倉時代の雅楽の教本
 日本の舞楽史上の最も重要な古伝書とされる
 教訓鈔3巻、続教訓鈔6巻が残されている
 この曼殊院本は、両書の現存する最古本とされる
 教訓鈔は、巻第三と巻第七に天福元年六・七月の本奥書があり、
 鎌倉時代後期の書写本
 続教訓鈔は、1392年(皇紀2052)元中9年/明徳3年から1393年(皇紀2053)明徳4年にかけて、
楽人 豊原量秋(かずあき)が書写したもの
 雅楽器も残されている
 1977年(皇紀2637)昭和52年6月11日 重要文化財に指定される
 附指定:石清水八幡宮護国寺恒例仏神事次第 1巻
  (明徳四年卯月十三日豊原量秋書写の奥書がある)

 <源氏物語(げんじものがたり)3冊(重要文化財)>
 南北朝時代源氏物語の写本
 蓬生・薄雲・関屋によるもの
 各巻に、畊雲山人明魏の奥書がある
 1916年(皇紀2576)大正5年8月17日 重要文化財に指定される

 <後柏原天皇宸翰後土御門後柏原両天皇御詠草 1巻(重要文化財)>
  (ごかしわばらてんのうしんかんごつちみかどごかしわばらりょうてんのうごえいそう)
 後柏原天皇と後土御門天皇の宸翰
 1916年(皇紀2576)大正5年5月24日 重要文化財に指定される

 <古今伝授関係資料(こきんでんじゅかんけいしりょう)73種(重要文化財)>
 曼殊院門跡相承の秘籍として伝来されてきた鎌倉時代から室町時代の古今伝授関係資料
 第1種から第21種:注釈書や聞書類
 第22種:二條流和歌相承系図
 第23種:目録
 第24種から第68種:いわゆる切紙類
 第69種から第73種:伝授関係文書類
 1975年(皇紀2635)昭和50年6月12日 重要文化財に指定される
 附指定:大正十一年十二月再封、修補目録 1冊

 <紺紙金泥 般若心経(はんにゃしんぎょう)(安房国苑)1巻(重要文化財)>
 1541年(皇紀2201)天文10年
 後奈良天皇の自筆の写経で、全国66ヶ国に般若心経の奉納をされたもの
 全国に現存している7つのうちの一つで「安房国(現在の千葉県)」と記されている
 紺色の別すきの紙に、金の色彩の絵の具で書写したもの
 1916年(皇紀2576)大正5年5月24日 重要文化財に指定される
 附指定:御写経始日次勘文 1通
 附指定:報恩院源雅書状案 1通
 附指定:平盛舜請文 1通
 附指定:報恩院源雅書状 1通
 附指定:生清書状 1通
 附指定:心経被遣諸国覚 1通

 <論語総略(ろんごそうりゃく)(紙背消息)1巻(重要文化財)>
 鎌倉時代のもの
 1949年(皇紀2609)昭和24年2月18日 重要文化財に指定される



【曼殊院の行事】

 <不動尊護摩供養> 毎月28日

 <弁財天例祭> 正月・4月・9月

 <不動尊初護摩> 1月3日
 <涅槃会> 2月15日
 <菌塚法要> 5月
 <良尚親王忌> 7月5日
 <曝涼(虫干し)> 10月2〜4日



【曼殊院へのアクセス】

 市バス 一乗寺清水町 東へ徒歩約20分
 叡山電車 修学院駅 徒歩約20分

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